THine Value 手軽に使える8B10Bシリアルトランシーバの新しい使い方、産業用途などに向けてリング型ネットワークを提案

2021.01.20
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 幅広い用途で手軽に使えるシリアル・トランシーバ―――。こうしたうたい文句でザインエレクトロニクスが2019年11月に発売したのがトランシーバIC「THCS251」である。同社は、「8B10Bトランシーバ」とも呼ぶ。

 このトランシーバICは、トランスミッタ(送信器)とレシーバ(受信器)を1チップに集積したものだ。2つのトランシーバICをマスター側とスレーブ側に搭載し、それらの間を2組の差動ラインで接続する。2組の差動ラインをそれぞれアップリンク(上り)とダウンリンク(下り)として使うことで全二重通信を実現できる(図1)。
 

図1  THCS251を使ったピア・ツー・ピア伝送システム

 最大の特徴はうたい文句通り、「幅広い用途で手軽に使える」ことだ。このトランシーバICは、35ビット分のパラレル入出力(I/O)端子を備えている。マスター側では、このパラレルI/O端子に送信したいデータを入力する。例えば、12ビットの映像信号や、低速な制御信号などである。すると、内蔵したシリアライザ(8B10B符号化回路)が入力したデータを自動的にシリアル化して1組の差動ラインで送信する。一方のスレーブ側では、受信した信号をデシリアライザ(8B10B復号化回路)で自動的に元に戻し、映像信号や制御信号などに分割してパラレルI/O端子から出力する。

 つまり、ユーザーが行わなければならない作業は端子設定ぐらい。ソフトウエアの開発は一切いらない。しかも使用するのは、マスター側とスレーブ側のボードに実装する2つのトランシーバICだけである。このほかのICは必要ない。

 このほかにも、ザインエレクトロニクスが「幅広い用途で手軽に使える」とうたう理由がある。それは、無線通信化や光通信化が極めて簡単なことだ。マスター側ではトランシーバICの後ろに、レシーバ側ではトランシーバICの前に光トランシーバ・モジュールを接続するだけで光通信を実現できる。例えば、近距離無線デバイスをつなげば、「着脱可能なモジュールとのデータ通信が可能なシステムを構築したい」「ワイヤレスにすることでメンテナンス工数を飛躍的に減らせるシステムを構築したい」といった要望に極めて簡単に応えられる。

リング型ネットワーク構築の検討

 このようにトランシーバIC「THCS251」を使えば、2点間を結ぶ高速なデータ伝送、すなわち「ピア・ツー・ピア(Peer to Peer)接続」を極めて簡単に実現できる。例えば、パソコンを接続したマスター・ボード側と、カメラを載せたロボットをつないだスレーブ・ボードをTHCS251でピア・ツー・ピア接続すれば、カメラで撮影した映像を見ながらパソコン上でロボットを制御するといった使い方が手軽に実現できるようになる。

 しかし、このトランシーバICで実現できる通信(ネットワーク)構成は、ピア・ツー・ピア接続だけではない。実は、リング型ネットワークの構築も可能だ。ザインエレクトロニクスでは、1枚のマスター・ボードと5枚のスレーブ・ボードを使ったリング型ネットワークを開発済みだ(図2)。
 
図2 リング型ネットワークの構成

 リング型ネットワークの具体的な構築方法は以下の通りである。トランシーバICは、マスター・ボードとスレーブ・ボードそれぞれに1つずつ搭載する。マスター・ボードから出力されたデータは、バケツリレーのように5枚のスレーブ・ボードを順番に通過し、最終的にマスター・ボードに戻ってくる。各スレーブ・ボードでは、搭載したトランシーバICが受信したデータをパラレルI/O端子からボードに出力すると同時に、そのデータをパラレルI/O端子に再度入力し、隣り合ったスレーブ・ボードに送信する。こうしてリング型ネットワークを構築した。

 ここでマスター・ボードとスレーブ・ボードの違いについて、疑問に思う方がいるかもしれない。実際のところ、マスター・ボードにもスレーブ・ボードにもトランシーバICを搭載しており、この点では両者に違いがないからだ。違いはクロック信号にある。THCS251は外部から供給したクロック信号で駆動できるほか、IC内部に集積した発振器で生成したクロック信号でも駆動できる。開発したリング型ネックワークでは、内部クロック信号で駆動する方法を採用しており、マスター・ボードのトランシーバICで生成した内部クロック信号を各スレーブ・ボードに分配している。つまり、クロック信号を内部で生成するトランシーバICを搭載するボードがマスターとなり、そのクロック信号を分配されるボードがスレーブとなるわけだ。

最大8枚のスレーブを接続できる

 リンク型ネットワークの伝送距離は最大5m程度、スレーブ・ボードの接続可能な枚数は最大8枚程度に対応できる。
 
 こうした制限が生じる理由はクロック信号にある。つまり、各スレーブ・ボードのトランシーバICにおいてシリアライズやデシリアライズといった処理を繰り返すうちにクロック信号のジッター成分が蓄積されてしまうからだ。これが伝送距離やスレーブ・ボードの接続可能な枚数を制限してしまう。従って、ジッター成分を除去するクリーニング機能を利用すれば、伝送距離を大幅に延ばせることになる。しかし、今回採用したトランシーバICにはクリーニング機能は搭載していない。

 開発したリング型ネットワークは20MHzの内部クロック信号で駆動する。隣り合ったボードにデータを転送する際のビット幅は18ビットであるため、実効伝送速度は20MHz×18ビット=360Mビット/秒になる。各ボードを接続するのは、microUSBコネクタと1本のUSBケーブルである。USBケーブルには、1組の差動ラインと電源ライン、グラウンド・ラインが含まれているため、スレーブ・ボードには外部から電源を供給する必要はない。

 実効伝送速度については、最大80MHzの内部クロック周波数を選択することや、外部クロック信号を利用して最大133.3MHzで駆動することで、さらに高めることも可能だ。しかし、その場合は、ケーブルやコネクタの選定に技術的な考慮が必要になるとともに、前述のジッター蓄積などの理由から最大接続スレーブ枚数に制約が発生する。この点は、現行のトランシーバICの課題である。

時計回りと反時計回りで冗長性を向上

 このリング型ネットワークは、どのような使い方が可能なのか。ザインエレクトロニクスが披露したデモを元に説明しよう(図3)。
 
図3 リング型ネットワークの外観

 データを入力するデバイスとして、ジョイスティックと磁気センサー、フォトインタラプタを用意し、データを出力するデバイスとしてはLEDを利用した。例えば、マスター・ボードに載せたジョイスティックを操作すると、5枚のスレーブ・ボードに搭載したLEDがその操作方向を示すように一斉に点灯する。また、スレーブ・ボード1に搭載した磁気センサーに磁石を近づけると、それを検出した結果としてマスター・ボードに取り付けたLEDが点灯する。

 このように、マスターとスレーブにかかわらずデータを入力して、そのデータを必要とするボードにデータを出力するといった使い方が可能になる。さらに、今回のデモでは、時計回りのリング型ネットワークしか用意しなかったが、これに反時計回りのリング型ネットワークを追加すれば、冗長性を高められ、ネットワークの信頼性を向上させることが可能になる。

 具体的な用途としては、産業用ネットワークを想定している。もちろん、工場全体や製造ライン全体を監視/制御するネットワークとしては、CC-LinkやEtherCAT、PROFINETなどのフィールドバスがすでに広く普及している。これらのネットワーク技術と競合する考えは一切ない。ザインエレクトロニクスが想定するのは、そうしたフィールドバスよりも階層が1つ下の産業用ネットワークである。例えば、工場などに設置するプログラマブル・ロジック・コントローラー(PLC)が収められている制御盤内の配線である。これらの装置の内部には、たくさんの配線ラインが使われており、繁雑なケースが少なくない。ここに今回のトランシーバICを使ったリング型ネットワークを適用すれば、それを大幅にスッキリさせることが可能になるだろう。

ユーザーの声を聞いて機能を最適化へ

 ただし今回開発したリング型ネットワークには、まだ課題が残っているのも事実である。なぜならば、ピア・ツー・ピア伝送に向けたトランシーバICをリング型ネットワークに半ば強引に適用しているからである。このため、どうしてもリング型ネットワークに最適化できておらず、その部分が課題として残っている。

 現時点における課題は大きく分けると3つあるだろう。

 1つ目の課題は、データを送信するボードを適宜変更することができないことだ。前述のデモでは、あらかじめ決めておいたボードにしかデータを送れない。あるタイミングではスレーブ・ボード0に、次のタイミングではスレーブ・ボード1に切り替えてデータを送信するといった運用は現時点ではできない。

 2つ目の課題は、スレーブ・ボードにおいて、受信した信号をパラレルI/O端子から一度取り出し、再びパラレルI/O端子に入力して送信するといった手順を経るため、パラレルI/O端子を無駄に消費してしまうことである。このため送受信できるデータ量(ビット数)が減ってしまう。

 3つ目は、すでに本稿で言及しているが、トランシーバICにジッターのクリーニング機能を搭載していないため、伝送可能な距離や接続できるスレーブ・ボードの枚数が制限されてしまうことである。このため用途が限定される恐れがある。

 ここで挙げた課題はいずれも重要なファクタであり、解決すべきものだ。これらの課題を解決できれば、制御する側とされる側の位置関係に振り回されないロケーション・フリーなデータ伝送システムを構築するトランシーバICとして、本当の価値を提供できるものと考えている。

 今後ザインエレクトロニクスでは、リング型ネットワークに最適なトランシーバICのネットワーク構成や機能、パラレルI/O端子数などに関する検討に着手する。潜在的なユーザーの声を広く集めることで、リング型ネットワークに向けたトランシーバICの性能や機能を最適化し、ユーザーが抱える課題や悩みをいち早く解決することに貢献する考えである。

以上