THine Value SerDes ICの歴史、 それはノートPC向けLVDS SerDesから始まった

2017.07.26
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1991年にザインエレクトロニクスの前身であるザイン・マイクロシステム研究所が設立された。設立当時は「半導体ベンチャー企業の旗手」として、業界で大きな注目を浴びた。そのキッカケになったのはLVDS対応SerDes IC(以降、LVDS SerDes ICと表記)の製品化である。これが多くのパソコン・メーカーやテレビ・メーカーに採用され、ザインエレクトロニクスは大きな飛躍を遂げる。今回は、このLVDS SerDes ICの開発背景や、その後の製品展開などについて解説する。

デジタル機器はその登場以降、常に処理性能を高め続けてきた。例えば、マイクロプロセッサの演算性能は指数関数的に高まり、メモリの記憶容量は倍々ゲームで増加し、液晶パネルの表示分解能(画素数)は向上し、イメージ・センサの撮像画素数は拡大の一途を遂げている。こうした各機能の性能が高まれば、それらの機能をつなぐ信号配線には高速化が求められる。単位時間に送らなければならないデータ量が増えるからだ。

ところが、信号配線の高速化は一筋縄にはいかない。信号配線を流れるデータはデジタル信号だが、実際にはアナログ的な振る舞いをするからだ。信号が鈍ってしまうことでデータを正しく伝送できなかったり、隣を流れる信号配線のデータと混信してしまったり、外部に電磁ノイズ(EMI)を放射してしまったりする。

こうした「信号を正しく伝送できない」というトラブルは、1990年代の中盤辺りから、デジタル機器の開発現場で多発し始めた。実際にトラブルを解決できず、ノート・パソコンの出荷ができなくなったメーカーもあったほどだ。あるケースでは、ノート・パソコン用に大量発注していた液晶パネルがトラブルの発生で行き場を失い、困った液晶パネル・メーカーが安値で市場に投入したため、液晶パネルの市場単価が暴落するという事態が発生した。

LVDSが救世主に

zoomこうしたトラブルを解決する救世主となったのが1995年に登場したLVDS物理層を使用したシリアライザ(Serializer)とデシリアライザ(Deserializer)、すなわちLVDS SerDes ICである。

LVDS物理層は、振幅が350mVと小さい差動伝送技術である(図1)。

振幅が小さいため、信号の遷移が速く、高速伝送が可能で、消費電力が低い。さらに差動方式であるため、同相ノイズをキャンセルすると同時にEMIを削減できる。従来、使われていたTTL/CMOSレベルのシングルエンド伝送方式に比べると、EMIを抑えながら、数十倍と高いデータ伝送速度を低い消費電力で得られる。現在では、LVDS物理層のデータ伝送速度は、標準規格「ANSI/EIA/TIA-644」において最大655Mビット/秒と定められているが、実際には数Gビット/秒の用途にも適用されている。

LVDS SerDes ICが最初に採用されたのは、ノート・パソコンのグラフィックス・コントローラICと、その液晶パネルに搭載した液晶コントローラICを結ぶ画像インターフェース用配線である。つまり、液晶パネルと本体をつなぐ「ヒンジ部」を通る配線だ(図2)。
 
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採用された当時のノート・パソコン用液晶パネルの画素数は1024×768画素(XGA)。色深度はRGB各6ビット、ピクセル・レートが65MHzだった。この場合、画像インターフェースのデータ伝送速度は1.3Gビット/秒に達する。パラレル・バス構成を採用する既存のシングルエンド伝送方式では、対応が困難だ。そこでLVDS SerDes ICが救世主として登場した。

zoom1.3Gビット/秒の画像インターフェース信号を、4レーンのLVDS信号で伝送することで解決した(図3)。
 
具体的には、RGB各6ビットの画像データと垂直同期(V)信号、水平同期(H)信号、D信号の21ビット分を3レーンで伝送し、残る1レーンでクロック信号を送る構成である。

ザインが登場、そして躍進

ザインエレクトロニクスがLVDS SerDes ICを市場に投入したのは1997年2月である。これがノート・パソコンやパソコン用液晶モニターに数多く採用された。

その当時、競合他社もすでにLVDS SerDes ICを製品化していたが、ザインエレクトロニクスの製品は、品揃えが豊富だったことに加えて、EMIが低く、ジッタ特性に優れると言った特徴があった。こうした点が評価され、日本国内の大手パソコン・メーカーに採用された。さらにその後、すべての大手民生機器メーカーの薄型テレビに採用される。まさに、LVDSはザインエレクトロニクスの代名詞になったわけだ。

もちろんデジタル機器の高性能化は止まらない。液晶パネルの画素数は増え続ける。XGAの次はSXGA(1028×1024画素)、その次はUXGA(1600×1200画素)、さらにその次はWUXGA(1920×1200)といった具合だ。色深度もRGB各6ビットからRGB各8ビットへの移行が当たり前になった。それに応じて、画像インターフェースのデータ伝送速度は高まって行く。

8B10B変調方式を適用へ

画像インターフェースの高速化と、液晶パネルの大型化が進むと、既存のLVDS SerDes ICではデータ伝送が難しくなる。なぜならば、データ信号とクロック信号の同期が取りづらくなるからだ。

zoom前述の通りLVDS SerDes ICでは、パラレル・バスと同じように、データ信号とクロック信号を別々の差動ラインで送る。このため、高速になればなるほど、伝送波形の鈍りや乱れが生じやすくなる。パネルの大型化でケーブルが長くなれば、伝送路の長さの違いが発生しやすくなる。この結果、データ信号とクロック信号の受信タイミングのずれると、データを正しく伝送できなくなってしまう。

そこでデータ信号とクロック情報を1本の差動ラインで伝送する「エンベデッド・クロック」技術が登場する。両方を同じ差動ラインで送るため、データ伝送速度が高くなっても、データとクロックの受信タイミングがずれることは論理的に起こり得ない。これで映像インターフェースの高速化に対応することが可能になった。

ただし、薄型テレビの解像度は1920×1080画素(HDTV)に増え、フレーム速度は2倍速(120フレーム/秒)、4倍速(240フレーム/秒に高まり、さらに解像度は3860×2160画素(4K2K)へと増大して行った。その結果、映像インターフェースの伝送速度は、さらなる高速化が求められるようになった。

そこで、通信インフラやハイパフォーマンス・コンピューティングなどで使われている高品質なデータ伝送技術である「8B10B変調方式」の出番となったわけだ(図4)。
 
zoomザインエレクトロニクスは、この方式を導入したSerDes ICを「V-by-One® HS」と名付け、2007年に技術仕様を公開した。その当時のデータ伝送速度は最大で1レーン当たり3.75Gビット/秒に達しており、極めて高速だった(図5)。
 
複数レーンを使用すれば、データ伝送の帯域を大幅に広げられる。2009年に製品化した後、1920×1080画素のHDTV対応液晶テレビにおいて2倍速や4倍速の機種が相次いで登場。これを受けて採用が一気に広がった。薄型テレビの市場拡大に一役買ったわけだ。

アプリは画像伝送だけではない

LVDSとV-by-One® HSの製品化で、ザインエレクトロニクスは液晶パネル向けインターフェースICメーカーの第一人者としての地位を確固たるものにした。現在では、薄型テレビだけにとどまらず、多機能プリンタ(MFP)、車載用映像機器、セキュリティ・カメラ、マシンビジョン用カメラなどの画像/映像インターフェースで採用されている。

ただし、ここで注意してほしいのは、LVDSとV-by-One® HSはいずれも、決して画像/映像インターフェースの専用技術ではないことだ。LVDSも8B10B変調方式も、一般的なデータ伝送技術である。従って、A地点とB地点を接続する一般的な高速インターフェースにも適用できる。

それでは、LVDSとV-by-One® HSといったSerDes ICをどのような用途で、どのように使用すれば、電子機器の設計者は大きなメリットを得られるのか。今後、各SerDes ICについて、詳しく解説していきたい。

(続く)

※SerDesとは、シリアライザ/デシリアライザ(Serializer/Deserializer)の略
※LVDSとは、(Low Voltage Differential Signaling)の略