THine Value 非接触コネクタで信号ラインのお困り事を解決、シリアル・インタフェースICと近距離無線ICで実現

2024.05.21
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 産業機器の開発/設計現場では、信号ラインに関するお困り事が数多く存在する。実際に当社には、そうした声が数多く届いている。例えば、「信号ラインを軽く細くして、取り回しを楽にしたい」「信号を遠く離れた地点まで送りたい」「電気的な絶縁を確保して、安全性を高めたい」「ノイズ耐性を高めたい」などの声だ。
 当社はすでに、こうした声に答えるため、さまざまなインタフェースICや、それを使ったソリューションを用意して産業機器メーカーなどに提供している。具体的には、「IOHA:B」と呼ぶシリアル・トランシーバIC、カメラ向けSerDesチップセット「THCV241A/THCV242A」とそれを搭載した組み込みカメラ向けSerDesスターターキット、ディスプレイ向けSerDesチップセット「THCV333-Q/THCV334-Q」などである。もちろん、これらのインタフェースICやそのソリューションを適用すれば、産業機器の開発/設計現場が抱えるお困り事の多くを解決できるだろう。しかし、お困り事の内容によっては、十分に解決できない場合があることも事実だ。

非接触コネクタで解決できる7つのお困り事

 そこで今回提案するのが「非接触コネクタ」である。言い換えれば、シリアル・インタフェースの無線伝送化である。前述のシリアル・トランシーバICやそのソリューションで構成した有線のシリアル・インタフェースに、ミリ波を利用する近距離無線通信モジュールを挿入する。ただそれだけで、有線のシリアル・インタフェースを無線伝送化できる。

 この無線伝送化のメリットは極めて大きい。当社では、無線伝送化を活用すれば、大きく分けて7つのお困り事を解決できると考えている。

① 電気的な絶縁を確保
 当たり前だが、機器間やボード間を接続する信号ラインを途中で切断し、そこを無線伝送化すれば電気的な絶縁を確保できる。アプリケーションによっては、電気的な絶縁が求められるものが少なくない。絶縁すれば安全性を高められるからだ。無線通信モジュールとしては、60GHz帯のミリ波を使う無線通信トランシーバICなどが使える。

② コネクタ接合部の機械的なストレスの解消
 例えば、製造ラインにおいて、仕掛中の電子機器を検査するケースを想定しよう。上流から流れてくる電子機器を順次検査する際は、コネクタを使って検査装置と接続する。このときコネクタには機械的なストレスが掛かってしまう。場合によっては、コネクタが破損してしまうこともあるだろう。このコネクタによる接続を無線伝送に置き換えれば、仕掛中の電子機器と検査装置が無線伝送で自動的に接続されるため、機械的なストレスを一切解消できる。さらに車載搭載機器などは大きな振動がある環境で常時使われるため、コネクタには断続的にストレスが掛かり続け、接続不良に至る危険性がある。このコネクタによる接続を無線伝送による接続に切り替えれば、接続不良の発生を防止できる。

③ 工場の検査工程におけるコネクタの接続不良や経年劣化からの解放
 このお困り事も、②のケースのときに発生する危険性が高い。電子機器と検査装置をコネクタで何度も接続すれば、コネクタの接点部が経年劣化してしまうからだ。最悪の場合、接続不良が発生し、正しく検査できなくなってしまうことも考えられる。

④ 組立方法の簡略化による生産性の向上
 高密度な電子機器を組み立てる際は、非常に複雑な組立手順が存在する。例えば、各ボードを組み付ける順番が決められていたり、後からだとボードを取り付けられないため先にケーブルを接続することが決められていたりする。しかし、無線伝送を採用すれば、通信するボード同士のアンテナの位置合わせは必要だが、組み上げ工程を非常にシンプルにできる。

⑤ 迅速な検査による生産性の向上
 生産ラインの検査工程では、検査を受ける電子機器と検査装置の間をケーブルで接続する必要がある。このケーブルによる接続を無線伝送化して非接触検査にすれば、ケーブルを接続する手間が省け、電子機器の生産性を高めることが可能になる。

⑥ 防滴/防塵/耐塩設計の実現
 検査機器などと接続するコネクタが不要になれば、完全に密閉した電子機器を実現できる。このため、防滴や防塵、耐塩などの設計が可能になる。そのメリットはとても大きい。電子機器の信頼性向上だけでなく、船上での使用を可能にしたり、筐体を完全防水加工することで洗浄可能にしたりすることができるようになる。

⑦ 着脱可能なカメラやモニタのデザインの実現
 一般に電子機器では、その本体とカメラやモニタの間は、コネクタを介してケーブルで接続している。この構成は、デザイン上の制約になったり、ユーザの使い勝手を損ねたりする原因になりかねない。コネクタとケーブルを使った接続を無線伝送による接続に置き換えれば、電子機器本体からカメラやモニタを分離させられる。つまりカメラやモニタの着脱が可能になる。この結果、デザインの自由度とユーザの使い勝手の両方を高められるようになる。

4つのデモ機/デモボードを試作・開発中

 このように産業機器の開発/設計現場が抱える7つのお困り事は、近距離無線通信モジュールを使って有線のシリアル・インタフェースを無線伝送化すれば解決できる。ただし文章による説明だけでは、その解決方法をイメージしづらいのも事実だろう。そこで当社は、産業機器の開発/設計現場で働くエンジニアの皆さんに直感的に理解していただくため、デモ機/デモボードを4種類考案した。以下で、この4種類のデモ機/デモボードを紹介しよう。

非接触コネクタ・ソリューション(その1) ※試作済

 このデモ機は、モータ制御部とモータ駆動部の接続にコネクタを用いず、無線で伝送する用途に向けたものだ(図1)。シリアル・インタフェースICには「THCS253」を使った。いわゆる「IOHA:B」と呼ぶ製品だ。
 
図1 非接触コネクタ・ソリューション(その1)

 モータ制御部(プライマリユニット)には、ロータリ・エンコーダを搭載。作業者がロータリ・エンコーダのツマミを動かすと、その作動量を示すデジタル信号がTHCS253に入力され、無線伝送によってモータ駆動部(セカンダリユニット)に送られる。セカンダリユニットでは、このデジタル信号を受け取り、その値(作業量)に応じてモータを駆動するという仕組みだ。これを応用すれば、前述の7つのお困り事のうち、①~⑥を解決できると考えている。
 試作したデモ機をより詳しく説明しよう。無線伝送化には、60GHzのミリ波を利用する近距離無線通信トランシーバICを採用した(STマイクロエレクトロニクスの「ST60A2」)。ホーン・アンテナを使って、60GHzの無線信号を送っており、伝送可能な距離は20mm程度である。さらにプライマリユニットからセカンダリユニットへは、無線給電で電力も送っている。つまりセカンダリユニットには、有線で電力を供給する必要はない。なお無線給電には、B&PLUSの無線給電ブロックを採用した。
 このほかセカンダリユニットには、複数のセンサを搭載した。具体的には、温湿度センサ、気圧センサ、距離センサ、人感センサ、9軸加速度センサ、角速度センサ(ジャイロセンサ)などである。検出結果は、I2Cバスを介してセカンダリユニット側のTHCS253に送り、差動ラインを介してプライマリユニット側のTHCS253に送信し、パソコン上で各種センサの検出結果を確認できる。

非接触コネクタ・ソリューション(その2) ※試作済

 このデモボードは、カメラとモニタの間の接続にコネクタを使わずに、映像信号を無線伝送する用途に向けたものだ(図2)。シリアル・インタフェースICには、前述のデモ機と同様にIOHA:B「THCS253」を使った。
 
図2 非接触コネクタ・ソリューション(その2)

 このデモボードは、着脱式カメラに向ける。具体的には、カメラを搭載したボードを、無線受信機を搭載したボードに近づける(かざす)。それだけで映像信号をモニタ側に送ることができる。電子機器の本体から、カメラを取り外して活用できるようになる。先に挙げた7つのお困り事のうち、⑦などの解決に役立つ。さらに、電子機器の画像検査工程に適用すれば、機械式のコネクタを非接触コネクタに置き換えることができ、②~⑤のお困り事も解決できる。
 試作したデモボードの詳細を説明しよう。採用したカメラは、解像度が1080Pでフレーム速度は30フレーム/秒である。撮影した映像したGPIOを介して、プライマリ側のTHCS253に入力する。そこで2ペアの差動信号に変換し、セカンダリ側のTHCS253に無線伝送し、その画像データをHDMI経由でモニタに送って表示する。無線伝送には、60GHzのミリ波を利用する近距離無線通信トランシーバIC(STマイクロエレクトロニクスの「ST60A2」)を使った。
 なお、このデモボードでは無線給電ブロックは使用していない。

非接触コネクタ・ソリューション(その3) ※開発中

 このデモボードは、着脱可能なディスプレイを想定したものである(図3)。カメラの電子ビュー・ファインダ(EVF)などに応用できると考えている。先に挙げた7つのお困り事のうち、⑦の解決に役立つ。
 
図3 非接触コネクタ・ソリューション(その3)

 試作したデモボードの詳細を説明しよう。シリアル・インタフェースには、当社のディスプレイ向けSerDesチップセット「THCV333-Q/THCV334-Q」を使用した。THCV333-QはトランスミッタIC、THCV334-QはレシーバICである。
 パソコンに表示する映像信号をTHCV333-Qに入力し、V-by-One HSII信号へとシリアル化する。その後、レシーバICであるTHCV334-Qへと送るのだが、今回はV-by-One HSII信号を送るフォワードチャネル(FC)を途中で切断し、そこに60GHz利用の近距離無線通信トランシーバIC(STマイクロエレクトロニクスの「ST60A2」)を挿入した。こうして無線伝送化を実現した。なお、I2C制御信号やGPIO信号などを送るバックチャネル(BC)にも近距離無線通信トランシーバICを挿入し、無線伝送化した。

絶縁ソリューション ※開発中

 このデモボードは、カメラ・モジュールで撮影した映像信号を送るシリアル・インタフェースを無線伝送化する用途に向けたもの(図4)。映像インタフェースの電気的な絶縁が可能になる。先に挙げた7つのお困り事のうち、①の解決が可能になる。
 
図4 絶縁ソリューション

 デモボードには、当社の組み込みカメラ向けSerDesスターターキットを採用した。このスターターキットは、V-by-One HSに対応したトランスミッタIC「THCV241A」を搭載した送信ボードと、レシーバIC「THCV242A」を搭載した受信ボードからなる。今回は、V-by-One HS信号を送るシリアル・インタフェースを途中で切断し、そこに近距離無線通信トランシーバIC(STマイクロエレクトロニクスの「ST60A2」)を入れた。こうしたカメラ・モジュールとモニタの間を無線伝送化し、電気的な絶縁を実現した。なお制御信号などを送る低速のSub-Linkにも、近距離無線通信トランシーバICを挿入して無線伝送化を実現している。

以上