THine Value ラズパイとカメラのケーブル接続を延長するキット、産業用IoTのプロトタイピングを加速へ

2021.05.24
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 シングルボード・コンピューター「Raspberry Pi(ラズベリーパイ、ラズパイ)」を知らない電気/電子技術者はもはや存在しないと言って過言ではないだろう。もともとは教育向けとして市場投入されたものだが、現在では電子工作などの趣味用途や電子機器のプロトタイピング(試作)用途などで幅広く活用されている。

 最近では特に、電子機器のプロトタイピング用途で使われるケースが急増している。ユーザーによっては、Raspberry Piで試作した装置を、そのまま実際のIoTシステムに組み込むといった使い方も当たり前になりつつあるという。

 なぜなのか。理由は3つある。1つは、産業分野でのIoT(Internet of Things)技術の適用が急速に広がっていることである。IoTシステムは、各種センサーでデータを収集し、そのデータを生産効率の改善や、人件費の削減などに活用する。そのためにはセンサーで取得したデータを処理して、ホストに送る「電子機器」が必要になる。しかし、その電子機器をゼロから開発していたのでは、比較的多くの時間と大きなコストがかかってしまう。できる限り手軽に開発したい。そこで、数千円で手に入るRaspberry Piに白羽の矢が立ったわけだ。

 2つ目の理由は、Raspberry Piの信頼性が改善されていることだ。いくら安価で手軽に開発できても、信頼性が非常に低くては試作機では使われても、実際の産業分野向けIoTシステムには組み込めない。ところが、Raspberry Piは仕様が更新されて新しい製品が投入されるたびに、信頼性が改善されている。特に、最新製品である「Raspberry Pi 4 Model B」では、産業分野での採用が可能なレベルまで信頼性が高まっているという。

 3つ目の理由は、ユーザー・フォーラムの存在である。ユーザー・フォーラムが整備されており、Raspberry Piを利用する際に欠かせない情報が数多く集まっている。従って、使用時に何らかのトラブルに遭遇しても、解決の糸口となる情報を探し出せる可能性が高い。場合によっては、オンラインでのサポートが受けられる。

 こうした3つの理由から、産業分野用IoTシステムにおいて、Raspberry Piで開発した試作機をそのまま活用するといった使い方が可能になっているわけだ。

接続可能な距離が短すぎる

 ただし、現状のRaspberry Piでは、産業分野向けIoTシステムとして使用する環境によっては性能や仕様が不十分なケースがあるのも事実だ。

 産業分野向けIoTシステムでは、センサーで取得するデータとして映像を対象とするケースが多い。しかしRaspberry Pi単体では、カメラモジュールと接続可能なケーブルの長さは最長でも20cm~30cmとかなり短い。この距離しか接続できないのであれば、用途が大幅に限定されてしまう。

 例えば、農場向けIoTシステムでは、作物の育成状態をカメラモジュールで撮影し、その映像を遠隔地で監視して、何らかの問題が見つかれば担当者が現地を訪れて対策を打つ。しかし、ケーブルが最長20cm~30cmでは、棚の上で育てるぶどうや桃、梨などの監視に使うのは難しい。棚の高さは、農場によって異なるが2m程度あるのが一般的なため、地上に置いたRaspberry Piと棚の上に設置したカメラモジュールとの間を接続できないからだ。3~4mと長いケーブルを用意して、Raspberry Piとカメラモジュールを無理やり接続すれば映像信号は送れるだろう。しかし、映像には、多くのノイズが入ってしまう。これでは「作物の育成状態を監視する」という目的を果たせない。

 もちろん、Raspberry Piとカメラモジュールを1つの筐体に収めて、棚の上に設置すれば、ケーブル長の問題は解決できる。しかし、その筐体を設置できる場所は非常に限られるため、根本的な解決にはならない。

V-by-One HS信号を活用

 ケーブル長に関する問題を解決するためザインエレクトロニクスは、Raspberry Piとカメラモジュールとの接続距離を最長15mに延ばせる長距離伝送キットを開発した(図1)。この長距離伝送キットの正式な名称は「Cable Extension Kit for Raspberry Pi Camera」で、製品の型名は「THSER101」である。
 
図1 最長15mの映像データ伝送が可能に

 高速インターフェース技術「V-by-One HS」を利用する。長距離伝送キットの構成を図2に示す。カメラモジュールには送信ボードを接続し、Raspberry Piには受信ボードを接続する。送信ボードには、MIPI CSI-2信号をV-by-One HS信号に変換するトランスミッタ(シリアライザー)IC「THCV241A」を搭載しており、一方で受信ボードには、V-by-One HS信号をMIPI CSI-2信号に戻すレシーバ(デシリアライザー)IC「THCV242」を載せた。

 送信ボードと受信ボードの間は、イーサネット・ケーブル「CAT5e」で結ぶ。標準的なケーブルを使った場合の伝送可能距離は15mだが、「シールドを施した品質の高いケーブル」を使えば20m程度の伝送が可能になる。しかも、MIPI CSI-2信号とV-by-One HS信号の変換にはほとんど時間がかからないため、カメラモジュールで撮影した映像をリアルタイムでRaspberry Piに送れる。
 
                               図2 「Cable Extension Kit for Raspberry Pi Camera」のシステム構成

 現時点では、「Raspberry Pi 4 Model B」と「Raspberry Pi 3 Model B+」という2つのモデルで動作することを確認済みだ。ただし、「そのほかのモデルについても、動作する可能性は極めて高い」(ザインエレクトロニクス)という。

 一方で対応するカメラモジュールは2種類ある。いずれもRaspberry Pi専用のカメラモジュールだ。1つは「Raspberry Pi High Quality Camera(HQカメラ)」である。画素数は1230万画素で、最大50フレーム/秒に対応する。もう1つは、「Raspberry Pi Camera Module V2(V2カメラ)」であり、800万画素で最大30フレーム/秒への対応が可能だ。2013年に発売された既存のRaspberry Pi専用カメラモジュール「Raspberry Pi Camera V1.3(V1.3カメラ)」については、動作するモードが限られるが使用できる(図3)。
 
            図3 V1.3カメラの動作が確認されたモード
           
 なお、Raspberry Pi専用カメラモジュール以外は使えない。Raspberry Piには、カメラモジュールの認証機能が搭載されているためだ。このため、専用カメラモジュール以外は接続できない

プログラミングは一切不要、プラグアンドプレイで使える

 発売したCable Extension Kit for Raspberry Pi Cameraには、送信ボードと受信ボードのほかに、それらをカメラモジュールやRaspberry Piと接続するフレキシブル・フラット・ケーブル(FFC)、CAT5e ケーブル(ケーブル長は2m)、Raspberry Piに受信ボードを固定する部材などを同梱した(図4)。
 
               図4 「Cable Extension Kit for Raspberry Pi Camera」の同梱物

 ソフトウエアの開発は一切不要である。カメラモジュールの各種データを読み取り、伝送に必要なパラメータを自動的に設定する機能を搭載したからだ。このため、購入すれば、すぐに使い始めることができる。(=プラグアンドプレイ)

 なお、すでに市場では、Raspberry Piとカメラモジュールを接続するケーブル長を延ばす長距離伝送キットが発売されている。例えば、MIPI CSI-2信号をHDMIケーブルで伝送できるようにする機能を備えた製品である。MIPケーブルよりHDMIケーブルの方が長距離伝送に適しているためだ。しかし、この長距離伝送キットを使っても5m程度までしか延長できない。

 さらに、マイクロ波帯の信号伝送に使われるSMA(Sub Miniature type A)ケーブルを用いてMIPI信号の伝送を可能にする長距離伝送キットもある。これを使えば、2mを超えるデータ伝送が可能だ。しかしSMAケーブルは特殊なものであり、LANケーブル(CAT5e)とは異なり、安価かつ容易には入手できない。

 Cable Extension Kit for Raspberry Pi Cameraはすでに販売を始めている。インターネット通販会社であるDigi-Key社のウェブサイトを介して購入できる。価格は6,825円と手頃である(2021年5月24日時点)。<購入サイトはこちら

ソリューション・ビジネスを強化する

 これまでザインエレクトロニクスは、半導体ICの開発/販売を中心にビジネスに取り組んできた。そうした半導体ICを採用したキットやソリューションの開発/販売については、あまり力を入れてこなかった。

 しかし、半導体ICを購入して、それを使いこなすことができるユーザーはかなり限定される。今まで以上にユーザーを増やすには、半導体ICを手軽に利用できるような環境を構築することが必要だ。そう考えたザインエレクトロニクスは、半導体ICをそのまま利用することが可能なソリューション・ビジネス(キット・ビジネス)に着手した。

 今回発売したCable Extension Kit for Raspberry Pi Cameraは、ソリューション・ビジネスの第1弾製品である。今後、キットやソリューションの品揃えを拡充していく考えである。例えば、UVC(USB Video Class)に対応したウェブカメラなどの製品化を検討している。

以上


※「Raspberry Pi」はRaspberry Pi財団の登録商標です