THine Value 新型コロナで注目を集めるAI顔認証検温ソリューション、「アフター・コロナ」でも有効活用が可能に

2020.10.14
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 AI(Artificial Intelligence)とIoT(Internet of Things)のを組み合わせである「AIOT」には、極めて大きな可能性がある。インターネットにつないだ無数の機器(モノ)でデータを取得し、それらを集めてAIで処理すれば、圧倒的なコストの削減や利便性の向上を達成できるようになるからだ。当然そこには、極めて大きな新市場が出現するだろう。そうした新市場の獲得を狙って、ファブレス半導体メーカーであるザインエレクトロニクスはすでにスタートを切った。その一歩目となったのは、2018年12月の「AIOTソリューション部」の設立である。
 さらに、AIOT市場の獲得に向けたもう1つの取り組みとして、キャセイ・トライテックとの資本業務提携に踏み切った。AIOTソリューション部の設立と同じ2018年12月に、キャセイ・トライテックの株式済株式数の52.39%を獲得し、連結子会社化したのだ。
 もともとキャセイ・トライテックは移動通信系ソフトウエアの開発を手掛けていた企業である。しかし、2011年ごろから通信機器やIoTを中心とするハードウエアの開発/販売に軸足を移し、最近ではAIOTを実現するソリューションの開発/販売に注力している。つまり、ザインエレクトロニクスとキャセイ・トライテックは図らずもAIOTという同じ新市場に照準を合わせており、それが両社の資本業務提携につながったわけだ。
 

AI顔認証ソリューションを日本市場に

 キャセイ・トライテックは、独自のAIOTソリューションの開発を進めている。それは「AI顔認証ソリューション」である。キャセイ・トライテックの事業企画部で部長を務める張凌氏によると、「AI技術の最も有力なアプリケーションの1つは顔認証。そこでまず、AI顔認証ソリューションの開発に着手した」という。 

 顔認証に必要なAI技術は、中国のYITU Technology社と提携関係を結んで導入した。YITU社は、顔認証技術において現時点で世界のトップ4に入る有力な企業である。特に米国のNIST(National Institute of Standards and Technology)が主催したFRVT(Facial Recognition Vendor Rest)では、いくつかの評価項目で世界トップ・クラスにあると認定されたという。さらに顔を撮影するカメラは、中国のHikvision社やDahua Technology社などの企業から調達する。

 このAI技術とカメラを組み合わせることで、AI顔認証ソリューションを実現する。具体的には、カメラで撮影した画像を顔認証用の専用機器もしくはサーバーに入力して、あらかじめ用意しておいたデータベースと比較し、その画像が誰なのかをAI技術を活用して速やかに認識する。すでに中国ではキャッシュレス決済の用途において、こうしたAI顔認証ソリューションが普及している。例えば、コンビニエンス・ストアや企業の社員食堂などでの支払いや、金融機関のATM(現金自動預け払い機)を使った現金の引き出し/預け入れなどである。

 一方、日本ではプライバシー保護の観点から顔認証ソリューションに対して拒否感を示す一般消費者が少なくない。このため中国やシンガポールなどの国々と比べると普及は大きく遅れている。しかし今後、利便性の高さを求める声の高まりや、プライバシー保護に関する技術の向上などによって拒否感は次第に薄れていくだろう。そうなれば日本でも徐々に普及していく可能性が高い。そうした近い将来を見越して、キャセイ・トライテックは、日本市場に向けたAI顔認識ソリューションの開発に着手したわけだ。
 

新型コロナウイルスに素早く対処

 ところが2020年に入ると、思わぬ事態が世界を襲った。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の出現である。世界保健機構(WHO)は2020年3月11日に、新型コロナウイルスの流行は「パンデミック(感染爆発)と見なせる」と発表しており、世界各国において感染の広がりを防ぐことが喫緊の課題になった。

 新型コロナウイルスの感染者の初期症状で最も多いのは発熱だ。WHOの報告によると、全感染者に占める割合は70.2%に達するという。感染の広がりを防ぐには、発熱者をできるだけ早く発見することが必要になる。さらには、クラスタ(集団)感染を回避するために、人々が集まる場所や、病院などの重要な場所で発熱者を素早く見つけて、隔離することが重要になる。

 もちろん、すべての人が自宅に籠もっているのであれば発熱者の隔離は比較的簡単だ。しかし、新型コロナウイルスの感染防止と経済活動を両立させるには、食品や生活必需品などを製造する工場の操業や、商業施設やレストランなどの営業、企業のオフィスへの出勤、航空機や電車などでの移動、展示会やイベントなどの開催などが必要になるだろう。こうした状況の中で、「社員の健康状態をチェックして感染拡大を防ぎたい」「十分な感染対策を行って顧客を迎えたい」などのニーズが生まれたわけだ(図1)。
図1 新型コロナウイルス対策として無接触体温測定のニーズが高まる

 張氏によると、「AI顔認証を導入した当初、体表温度スクリーニング機能を搭載することは想定していなかった」という。しかし、新型コロナウイルスの流行で体温測定に対するニーズが一気に高まった。こうしたニーズに対応すべくキャセイ・トライテックは、「AI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューション」の開発に着手した。
 

検温精度は±0.3℃と高い

 現時点(2020年7月末)でキャセイ・トライテックでは、3種類のAI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューションを用意している。2020年2月20日に発売した「ホール型」と、2020年4月23日に発売した「ゲート型」、2020年5月27日に発売した「サイネージ型」である(図2)。
図2 3つのAI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューション

 いずれも顔認識と体表温度スクリーニングの両方を実行できる点は同じだ。しかし、同時に測定できる最大人数や、測定可能な距離、測定精度、顔認識可能な最大人数などが異なる。このため、最適な適用先がそれぞれ異なる。以下で3種類のソリューションについて説明しよう。

 ホール型は、最大16人、もしくは最大30人の通行者や来場者の顔認証と測定を0.1~1秒と短時間で実行できる点が特徴だ。対象とする適用先は、駅や空港、学校、ホテル、商業施設、建築現場などである。多くの人が通ったり、集まったりする場所で、同時に複数の人の体表温度スクリーニングを実施し、設定した温度を超える人がいればアラームを出し、体内温度を再測定するという使い方を想定する。

 フルHDに対応した一般的なカメラとサーマルカメラ(赤外線カメラ)を組み合わせた2眼カメラを使う(図3、表1)。一般的なカメラで撮影した画像は顔認証に利用し、サーマルカメラで体表温度スクリーニングを行う。ただしサーマルカメラだけを使った測定では、精度は±1~2℃にとどまる。そこでホール型では、AIによる補正と、Black Body(ブラック・ボディ)を組み合わせた。
図3 ホール型のシステム構成

 AIをに使って誤差を補正すれば、測定精度は±0.5℃に高められる。どのような補正を実行しているのか。「具体的なAI補正アルゴリズムは理論上説明できないが、さまざまな環境データを入力するほか、測定値の誤差を修正する学習を数多く行うことで、結果として測定精度が高まっている」(張氏)という。

 さらに、ブラック・ボディを導入すれば、測定精度は±0.3℃まで高めることが可能だ。ブラック・ボディとは恒温発生器のことで、設定した温度を常に出力する。サーマルカメラは、被測定者と一緒に恒温発生器の温度を測定することで、恒温発生器をリファレンス(基準源)として使って測定精度を向上させている。

 測定可能な距離は最大10m程度だ。ただし、精度(誤差)と測定可能な距離との間には、トレード・オフの関係がある。推奨する測定距離に近いと精度は高くなり、離れると低くなる。±0.3℃の誤差で測定するには3~4mの距離であることが好ましい。

 なお、通常の顔認証を実施するには、目と鼻、口という3つの特徴情報が欠かせない。この3つの情報が得られれば99.9999%と極めて高い認識率が得られる。しかし新型コロナウイルスが流況している状況下では、マスクの着用が当たり前だ。鼻と口の画像情報は取得できず、認識度は自ずと低下してしまう。張氏によると、「開発当初は、マスクを身に付けている状態での認識度は92%程度だった。ところが、AIによる学習を繰り返すことで現在は95%に高まっている。この程度の認識率が得られれば、実用上大きな問題にはならない」という。

 ホール型は、2眼カメラとブラック・ボディ、パソコン、ディスプレイ、設置用三脚などで構成されている。さらに、実際に使用できる状態に設置するサービスや、問題が発生したら現場ですぐに対応するサポートを提供する。
 
表1 ホール型の製品仕様
 

入退場管理システムに組み込める

 ゲート型はもともと、ドアやゲートなどの入退場管理に向けた顔認証ソリューションを想定して開発に着手した。もちろん、入退場管理は専用カードなどを使っても実現できる。しかし「専用カードは、使い回しや紛失などによる不正利用の可能性を排除できない。このため現在は、顔認証の利用が主流になりつつある。入退場管理システムとして顔認証は使いやすい」(張氏)という。
 
図4 ゲート型のAI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューション

 ゲート型は、顔認証機器本体の上部に温度スクリーニング・モジュールを取り付けた形状である(図4)。顔認証と温度スクリーニングとも対象は1人。これをゲートと連動されることで、データベースに未登録の人は入場させず、登録済みの人でも温度測定値が設定値以上の人は入場させないというシステムを構築できる。具体的な使い方としては、オフィス・ドアのすぐ横にある壁への埋め込みや、オフィス・ビルなどの入退場ゲートへの取り付け、専用スタンドを使った設置などを想定している(図5)。
 
図5 ゲート型の設置場所例

 顔情報のデータベースに登録可能な人数は5万人である。温度スクリーニング情報をひも付けて保存することが可能だ。顔認証の認識率はホール型と同じである。すなわち、認識率は99.9999%で、マスクを身に付けていても95%が得られる。測定精度は、ブラック・ボディを使っていないものの、被測定者との距離が1m以内と短いため±0.3℃と高い。

 ゲート型は「YT-SFTX83」と「YT-SFTX82」という2製品を用意した(表2)。YT-SFTX82の方が最新製品だ。両者は、顔認識エリアの指定の有無や、タッチパネルへの対応の可否、登録可能な人数などに違いがある。YT-SFTX83では、画面に表示された枠の中に顔を入れないと顔認識を実行できなかった。このため、車椅子に乗ったユーザーなどは不便なことがあった。一方のYT-SFTX82では、顔を画面に入れさえすれば顔認識できる。顔認証の範囲が広くなったため、使い勝手が高まった。
 
表2 ゲート型の製品仕様

 ゲート型は外形寸法が小さく、専用スタンドを使って手軽に設置できるというメリットがある。しかし、ディスプレイ出力端子を備えておらず、警備室などの離れた場所で映像を確認したいという要望には応えられない。

 そこで、手軽に設置できることと、ディスプレイ出力端子を備えていることの2つを両立させるべく開発したのがサイネージ型である。AI処理ユニットと2眼カメラ、ディスプレイを組み合わせて構成した(図6)。ディスプレイを専用台に載せれば、希望する設置場所まで簡単に持ち運べる。顔認証と温度スクリーニングは、同時に最大15人まで実行できる。主な用途は学校や病院、商業施設等である(図7)。「中国では、税関やホテル、学校などで採用されている」(張氏)という。
 
図6 サイネージ型のシステム構成
 
図7 中国におけるサイネージ型の設置場所例

 サイネージ型では、顔認証の機能よりも温度スクリーニングの機能を重視した設計を採用した。顔情報の登録可能な人数は最大1万人であり、ホール型とゲート型に比べると少ない。一方で、温度スクリーニングの精度は高い。2眼カメラはブラック・ボディとともに測定モジュール内に収められているため、被測定者との距離が2mのときに±0.3℃と高い精度が得られる(表3)。
 
表3 サイネージ型の製品仕様

無用の長物にはならない

 AI顔認証ソリューションに温度測定機能を搭載することで実現した「AI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューション」。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大はいずれ終わりを告げ、少なくとも1~2年後までには収束に向かうだろう。ワクチンや特効薬が開発されれば、温度測定機能は必要なくなってしまうはずだ。実際のところ現在市場では、さまざまな企業が検温ソリューションを製品化している。これらの製品は、「アフター・コロナ」の世界では、無用の長物となり、倉庫の奥深くにしまわれてしまう危険性が高い。

 しかし、キャセイ・トライテックのAI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューションは違う。決して、無駄遣いにはならない。アフター・コロナの世界では、AI顔認証ソリューションとして活用できるからだ。前述のように、中国やシンガポールなどでは、キャッシュレス決済や入退場管理などの幅広い用途で顔認証技術が利用されている。恐らく日本でも今後、プライバシーに関する問題に折り合いをつけながら、徐々に普及していくと予想される。従って、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにAI顔認証体表温度スクリーニング・ソリューションを導入しておけば、アフター・コロナの世界では顔認証ソリューションの導入にいち早く舵を切れるはずだ。